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第9話 尊い『聖樹』

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-06-11 17:00:55

「恋人がいると聞きました。公爵令嬢のカミラ様とはずいぶん前から親密で、いずれは側妃に召し上げるという噂が出回っているようです」

「公爵家のカミラ令嬢といえば、アルファで、僕と同い年だったよね?」

「はい。カミラ様は社交の場でも、『王族が聖樹との結婚を強制されるのはおかしい』と、度々こぼしていたそうですよ」

「そうなんだ?」

 カミラ嬢は、かなり度胸のある女性のようだ。

 公爵家という後ろ盾があるからこその発言だろうけど、王家の制度に疑問を呈するのは、下手すれば不敬罪にもなる。

「僕も、そのしきたりはおかしいとは思ってるけど……」

「ええ。私もそう思います。カミラ様はあの男と結婚したくてそのように申したのでしょう。強気な態度に出るのは、公爵令嬢だからと驕っている証拠です」

 ナタリナは皮肉な口調でそう言った。

 エマは、カミラ嬢の勇気をすごいと思う。けど、ナタリナは言えないので、違うことを口にした。

「僕と王子の婚約は、王命だから……結婚したくないっていうのは、やっぱりムリだよね」

「いえ。それがそうでもないのですよ」

「?」

「エマ様はご存じの通り、我が国では、王族は『聖樹』と婚約するしきたりです。婚約後にアルファが生まれた時点で、結婚しますよね」

「うん」

「その婚約ですが、実は制約があるんです。一年の間に『聖樹』が一度も妊娠しなければ、王族から婚約破棄できるのですよ」

「そうなの?」

「ええ。あの男はカミラ様と結婚したいがために、エマ様に手を出さず、一年後に追い出すつもりなのですよ」

 ナタリナの言葉で、ようやくレオナールの言動が腑に落ちる。

 たしか「婚約を破棄したら」と言っていたのだ。

 だけど、オメガが番のアルファとの間に子ができないとなれば、不妊の烙印を押される。「アルファを産めないオメガ」は『聖樹』の名も地位も追われるだろう。

「ぁっ……そう言えば、僕に罪を押しつけるって、言ってた……」

「まあ! エマ様を陥れようなどと、許せませんッ!」

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