「恋人がいると聞きました。公爵令嬢のカミラ様とはずいぶん前から親密で、いずれは側妃に召し上げるという噂が出回っているようです」
「公爵家のカミラ令嬢といえば、アルファで、僕と同い年だったよね?」 「はい。カミラ様は社交の場でも、『王族が聖樹との結婚を強制されるのはおかしい』と、度々こぼしていたそうですよ」 「そうなんだ?」 カミラ嬢は、かなり度胸のある女性のようだ。 公爵家という後ろ盾があるからこその発言だろうけど、王家の制度に疑問を呈するのは、下手すれば不敬罪にもなる。 「僕も、そのしきたりはおかしいとは思ってるけど……」 「ええ。私もそう思います。カミラ様はあの男と結婚したくてそのように申したのでしょう。強気な態度に出るのは、公爵令嬢だからと驕っている証拠です」 ナタリナは皮肉な口調でそう言った。 エマは、カミラ嬢の勇気をすごいと思う。けど、ナタリナは言えないので、違うことを口にした。 「僕と王子の婚約は、王命だから……結婚したくないっていうのは、やっぱりムリだよね」 「いえ。それがそうでもないのですよ」 「?」 「エマ様はご存じの通り、我が国では、王族は『聖樹』と婚約するしきたりです。婚約後にアルファが生まれた時点で、結婚しますよね」 「うん」 「その婚約ですが、実は制約があるんです。一年の間に『聖樹』が一度も妊娠しなければ、王族から婚約破棄できるのですよ」 「そうなの?」 「ええ。あの男はカミラ様と結婚したいがために、エマ様に手を出さず、一年後に追い出すつもりなのですよ」 ナタリナの言葉で、ようやくレオナールの言動が腑に落ちる。 たしか「婚約を破棄したら」と言っていたのだ。 だけど、オメガが番のアルファとの間に子ができないとなれば、不妊の烙印を押される。「アルファを産めないオメガ」は『聖樹』の名も地位も追われるだろう。 「ぁっ……そう言えば、僕に罪を押しつけるって、言ってた……」 「まあ! エマ様を陥れようなどと、許せませんッ!」「ひゃぁぁんっ!」 胸の飾りに触れられ、甘い声が上がる。 自分で弄ったこともなく、意識さえしていない場所だったのに。 軽く摘まれ、こね回されると、エマは頭を振って喘いだ。 「ぁんっ、ぁぁっ、ひゃぁぁッ」 「感度がいいですね」 「アァァッ! んぁっ……ひゃうっ」 スリ、と乳首を擦られるだけで、腰が砕ける。 こんな快感は初めてだった。 知らぬ間に昂ぶりが弾けて、蕾からは愛液がトプリとあふれる。 (ぁぁッ……き、気持ちいい……ッ) エマは本能のままに腰を揺らし、その先をねだった。 愛されたことのない躰は、甘い快楽を与えるルシアンに縋り付こうとしている。 頭の片隅に残る理性が、ダメだと警鐘を鳴らすのに、口から出たのは違う言葉だ。 「ァァッ……んぅ……もっとッ」 「ここがいいですか?」 「はぁぁんっ! ぁぁっ、そこぉ……!」 「ここも勃つようになりましたね」 ルシアンが嬉しそうな声で、エマの乳首を指で弾く。 「ひゃぁぁっ!」 ビリッと痺れる快楽に、背をのけぞらせる。 あまりの快感に口端から唾液がこぼれ、昂ぶりは勢いよく固さを増す。 (熱いッ……ぁ、頭が、おかしくなりそうっ) 「こんなに素直で感じやすい乳首は、初めてです」 うっとりと囁く声に、ズクンと腰が疼いた。 いまや、ルシアンの触れるところすべてに、感じてしまう。 ピクピクと躰が跳ね、喘ぎながら、涙をこぼした。 「ひゃんッ、ぁぅ……っ、ぁぁっ」 「可愛いですね」 甘い囁きに、悦びで雄が震えた。 (ルシアン様が、褒めて下さったっ) 嬉しくて、つい腰を揺らしてしまう。 ぴゅるっと白濁を放つ半身は、すでに何度も達して、勢いが弱まっている。 「こんなに蜜をこぼして……」 ルシアンはエマの上半身から手を離し、今度はエマの足を広げて、その太ももを撫でた。 「あぁぁん
西殿へ戻るには、あの大広間を通らなくてはいけない。 集まっているのは王族や皇族、それに各国の要人や外交官ばかりだ。その半数は、アルファだろう。 オメガがフェロモンを放ちながら、アルファの前に出れば、最悪、悲劇が起きる。 どうにか、この場で鎮めるしかなかった。 「エマ様。ひとまず、お体を落ちつかせましょう。ここをまっすぐ進めば、薔薇の東屋があります。そのさらに奥でしたら、誰も近づかないはずです」 「うん」 ナタリナに支えられながら、巡回の騎士を避け、庭園の奥へと進んでいく。 エマには、どこをどう進んだか分からないが、しばらくして、薔薇の生け垣に囲まれた小さな空間に出た。 柔らかな芝生に、崩れ落ちる。 「エマ様っ」 「ぁ、だ、だいじょうぶ」 芝生にうずくまりながら、エマは熱い息を零した。 静香石は大人しくなったが、体が熱い。 ナタリナの言うとおり、発情(ヒート)の症状によく似ていた。 汗がにじみ、熱と疼きで体が震える。 「ああ、エマ様! すぐに抑制剤を取ってまりますから、もうしばらくご辛抱を!」 「んっ、ぁぁ、ナタリナ、」 「すぐに戻って参ります。なるべくお声を落として、静かにお待ちください」 ナタリナは焦った口調でそう言い、エマの体にストールをかけた。 そして、すぐに来た道に戻っていく。 夜空の月は、あと数日で満ちる。そのためか、月の光は驚くほど明るく、王宮の夜を照らしていた。 エマが周りの様子を窺うと、そこは薔薇の生け垣に囲まれた、小さな空間だった。 入り口は一カ所しかないようで、人目を避けて隠れるのに絶好の場所だ。 咲き誇る薔薇は色とりどりに美しく、昼間であれば、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、幸せな気持ちになれるだろう。 しかしエマは、汗がしたたり落ちるほどの熱に、息を乱しながら耐えた。だんだんと強くなる疼きに、エマの半身は緩く勃ち上がる。 「ぁぁっ、ん、んんっ」 エマは無意識
「ッ……ランダリエの王族は、アルファしか、認められていないのです」 「アルファのみですか?」 「はい」 「しかし、側妃との間なら、ベータが生まれることもあるでしょう?」 ルシアンの疑問はもっともだ。 王族や皇族は側妃を持つのが普通で、その間に生まれる子はアルファとは限らない。 「ぁっ、それは……側妃との間に生まれたベータは、臣下に下ります」 側妃の実家へ引き取られるか、ランダリエの貴族の養子になるのが通例だ。 そして、王の寵愛が得られていない場合、側妃も離縁される。 そこまでの事情は、さすがに外国の使節には話せない。 「ンッ……ぁ」 クルン、クルン、と回る静香石に、エマは足をモゾモゾさせた。 (んんっ……どうして、こんなに動くの?) もしかしたら、正常に作動していないのかもしれない。 ルシアンは感心したように頷く。 「なるほど。ランダリエ王家にアルファしかいないのは、そういう理由でしたか」 「はい……っ、て、帝国では、やはり、オメガへの扱いはよくないのでしょうか?」 エマは気になっていたことを尋ねた。 噂では聞いていても、実際にどうなのか、ルシアンの口から聞いてみたかった。 ルシアンは、オメガのエマにも、優しく微笑んでくれるから。 「そうですね……帝国ではオメガの地位は低いです。貴族ならまだ良いですが、平民のオメガは抑制剤も簡単に手に入りませんから、大変でしょう」 「そうなのですね……」 エマも、今は抑制剤を自由に手に入れられない。 その苦しさや辛さは、痛いほどよく分かる。 「薬がなければ、とても辛いでしょう……」 思わず呟いたエマに、ルシアンは慰めるように言った。 「ええ。ですが、抑制剤も日々進化しています。ここ数年は、平民でも買える安価なものも出回っていますから」 「本当ですか?」 「ええ」 「よかった」 薬の効き目が弱くても、何も無いよりはマシなは
「聖樹について、詳しく伺っても構いませんか? 帝国にはない制度なので、興味深くて」 「はい。何なりとお尋ね下さい」 『聖樹』と呼ばれようと、結局はオメガなのだ。外交の場では、冷やかしや軽蔑を含んだ態度で『聖樹』について質問されることがよくあった。 だけど、ルシアンの表情から読み取れるのは、純粋な好奇心だけだ。 外国の文化を知りたいと、興味を持って聞いてくれている。 (ルシアン様は、帝国の貴族なのに) 帝国はオメガ蔑視が強いのに、エマを普通の人間として扱ってくれる。 そのことが、とても嬉しかった。 「聖樹は、みな神殿に入ると聞きましたが、エマはどこに住んでいるのですか?」 「あ、私はいま西殿(さいでん)で暮らしています。その前は、神殿にいました」 「神殿は、ここから遠いのですか?」 「はい。馬車で五日ほどかかります。聖なる山の中腹に建つ大神殿で、険しい山道もあるので、簡単に行き来はできないのですが」 エマはかつて過ごした、イーリス大神殿のことを思い出す。 平民のエマは、神殿に引き取られた後、新しい名前を与えられた。 エマヌエーレ・イーリス。これは、神殿長が付けて下さった名だ。 「私は十四の年に、大神殿でのお勤めを終えて、西殿へ移りました。なので、王宮で過ごすようになって、まだ二年ほどです」 「そうですか。王宮の暮らしには、慣れましたか?」 「はい……」 エマは頷いたが、正直なところ、慣れたとは言えない。 神殿では、他の『聖樹』から冷たくされたけど、それ以外の神官たち はみな優しかった。けど、西殿の住まいは、出身階級で明らかに差別されているし、王宮で会う貴族は、エマに好意的でない人も多い。 そんなことを思い出して俯くエマに、ルシアンが話題を変えるようにいった。 「エマの住む西殿も、ぜひ伺ってみたいですね」 「あ、西殿に殿方は入れないのですっ」 エマは首を振り、ルシアンに説明した。 「西殿には『聖樹』が暮らしている
「黙れ。いいからさっさと行ってこい!」 「……かしこまりました」 苛立つレオナールに、これ以上は言っても無駄だと悟る。 エマは大人しく頷いたが、レオナールは冷ややかに言った。 「貴様が視界に入ると目障りだ。適当なところで引き上げて、あの薄汚い巣へ戻れ。ドブネズミめ」 レオナールは暴言を吐き、エマをきつく睨んでから、身を翻した。向かった先に、深緑のドレスを身を包んだ令嬢が見える。 「カミラ嬢……」 何度か見かけたことのある、公爵令嬢のカミラだった。 薄絹を重ねた背中や肩を露出したカットは、かなり大胆なデザインだ。 胸元を飾る大粒のダイヤモンドは、レオナールが贈ったものだと噂されている。 美しいドレスと宝石で着飾り、レースの扇子を手に持って、男達と談笑する姿は、ひときわ目を引いた。 レオナールが近づくと、歓声が上がり、楽しげに談笑する姿が見える。 レオナールが、あのように微笑みを浮かべるのは、カミラ嬢にだけだ。 (カミラ嬢と、結婚すればいいのに) どうして、婚約者が自分なのだろうと、エマは身の上を嘆いた。 レオナールを引き立てるために努力しても、成果を褒められることはない。忌み嫌われ、暴言を浴びせられる。 本当は、まだ挨拶するべき相手がいるのに、レオナールは王族の務めを放棄した。 エマは仕方なく、一人で外交官たちへ挨拶に回ったのだった。 レオナールは弱小国などと見下しているが、王子の婚約者にすぎないエマが一人で挨拶に来たことに、ほとんどの者が気分を害したようだ。 きつい言葉で嫌味を言われ、エマはひたすら頭を下げた。 挨拶が終わる頃にはかなり疲弊していたが、それでも最後まで接待をしなくてはいけない。 (ちょっと休憩しよう) そう思って、壁の方へ移動すると、思わぬ人から声を掛けられた。 「エマ殿」 「あっ、ルシアン様!」 振り向くと、憧れのルシア
『聖樹』に欠かせない礼装は、必要に応じて誂えてもらえたし、抑制剤も申請すればもらうことができた。 慎ましく暮らしてきたエマにとって、華やかな場は気後れするばかりだった。 何とか晩餐会を終えた後は、大広間でのパーティだ。 エマの仕事は、貴賓である帝国貴族のもてなしである。 大広間に足を踏み入れ、エマはその豪華さに目を見張った。 「うわぁっ」 白亜の大理石が床一面に広がり、その上には金糸のカーペットが敷き詰められている。天井には夜空の星を模しているのか、クリスタルのランプが無数にきらめき、光の粒が空間を漂っていた。 壁を飾る絵画や彫刻は、すべてこの国の歴代王や英雄たちの姿が描かれている。 だが、それ以上に目を奪われたのは、王国で採れる宝石で彩られた装飾だった。サファイアで象られた花のブローチ、ルビーを散りばめたグラスの縁、そして金細工の食器や柱の飾り。 ランダリエで産出される金や宝石を惜しみなく使い、豊かさを見せびらかすようだった。 「すごい……」 これほど豪華な装いは見たことがなく、エマは圧倒された。 「おい、何を呆けている」 「あっ、殿下」 「行くぞ」 レオナールがきつくエマを睨み、顎をしゃくった。 婚約者として、共に貴賓たちへ挨拶をして回らなくてはいけないのだ。 レオナールの夜会用の礼服は、黒を基調としたもので、胸元には王家の紋章が金糸で織り込まれ、王子の品格を表していた。 対するエマは、ここでも『聖樹』専用の白い法衣だ。式典のときより格を落とした礼装で、金糸の刺繍に、小さな宝石が縁取りに使われているだけの簡素なものである。 レオナールはエマを従えて、最初にオスティン帝国の皇太子の元へ、挨拶に向かった。 「皇太子殿下、お越しいただきありがとうございます。心より歓迎を申し上げます」 レオナールは格上の皇太子に、愛想良く話しかける。 皇太子は、この場にいる誰よりも豪奢で目を引く衣装だった。白を基調に金刺繍が施され、藍色のマントには皇